リンキン・パークの『ハイブリッド・セオリー』のすごさを解説

リンキン・パークのデビューアルバムの『ハイブリッド・セオリー』の音楽性について、私見の披露いたします。

『ハイブリッド・セオリー』は2000年の12/27日に日本で発売され、発売からかなり時間がたっておりますが、いまだにニューメタルファンはこのリンキン・パークのデビューアルバムを聞きこむ方もいらっしゃいます。

 

 

 

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リンキン・パークと『ハイブリッド・セオリー』との私の出会い

私は当時、リンキン・パークではなく当時のモンスターバンドだったニューメタルの壊し屋リンプビズキットを聞いていました。リンキン・パークを知ったのは私がその当時、リンプビズキットのアルバム『チョコレートスターフィッシュ・アンド・ホットドッグフレイバーウォーター』というアルバムを買いに行ったのですが、残念ながら売り切れ。

ふと隣を見てみると、リンキン・パークというバンドのデビュー作ということで小さなプロモーションの札がついていました。当時はニューメタルというラップとロックの融合の音楽に熱中していたので、試しに買ってみようと買ったのが出会いでした。

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『ハイブリッド・セオリー』は売れることに意識を置いたアルバム

リンプビズキットと比較すると音楽性としてはカッチリした印象でした。アルバムを通して曲はすべてが3分程度でまとめられており、イントロから歌メロに入るまではすべての曲がこれまた30秒以内にまとめられているのです。

あまり語られたことがないのかもしれませんが、私は当時の聞き手がコンパクトな曲を求めるようになったことを受けてのものだと思います。あまりに冗長な曲は受けが悪くなっていっただけではなく、またそれ以前からも尺の長い曲というのはラジオで掛りづらいというデメリットもあったためのアルバムを通しての編集だと私は思っています。

曲調はリンキン・パークの印象そのままに切ないメロディーにスクリームを持ってくるというもの。また歌詞は卑俗な言葉を一切使わなく、お子さんもアルバムを買いやすいというのも成功した理由の一つに挙げられるでしょう。卑俗な言葉を使うとペアレンタル・アドバイザリー(Parental Advisory)という表記がされるのですが、これは未成年が聴くに相応しくないですよ、という表記でいわゆる検閲です。いわゆる4レターワーズなどが使われている歌詞ですね、これを検閲して使っていれば相応しくないとしているわけです。

また歌詞の内容に付随して、彼らは聞き手をある程度広げていると思います。それまでリンプビズキットなどにかぎらず、ロックは不良の音楽というイメージで、悪いことをやっているぜ、とか人生なんてやったもん勝ちさみたいな(すみませんあくまで洋楽ロックのイメージですが)歌詞から、ボーカリストであるチェスター・ベニントンの内面から湧き出てくる歌詞で、『キレる一歩手前まで来ている!』といういわゆる不良というイメージというよりは、家庭で悩みを抱えているようなアメリカの未成年(アメリカの家庭は離婚などが日常茶飯事)が抱える悩みをストレートに表現するような内容でした。

歌詞の内容は日本の高校生で言えば、目立たないようなタイプの男の子や女の子が抱えてる悩みのようなもので、当時の印象ではいい子ちゃんのためのロックのようなイメージを持っていました。リンプビズキットと比較すると、おどろおどろしさのようなものはこの『ハイブリッド・セオリー』のアルバム内では見られません。みんなリンキン・パークのメンバーの生い立ちというのはイメージはみんなある程度の中流家庭で育ちもそれほど悪くはない方ばかりのようで、素行が悪いというよりは本当に目立たないタイプの学生が音楽に没頭するような感じでした。

『ハイブリッド・セオリー』の音楽性

さて曲調ですが、当時のニューメタルにありがちな、前半はラップで後半がボーカリストが叫ぶいわゆるサビのスクリームという構成だけではなくバラエティに富んだ内容であることも特筆すべきことでしょう。

またギターヒーローなるものが存在しないのもこのアルバムの特徴です。当時のニューメタルは、それまでのロックソングが冗長な曲になっていたのは冗長なギターソロがあったことでしたし、聞き手が長い曲を聞きたがらない要因の一つにギターソロも入っていたのでしょう。ニューメタルのギタリストは物凄いテクニックを持っているのですが、単音を使ったソロなどは曲にほとんど入っていません。

リンプビズキットと比較してばかりで悪いのですが、リンプビズキットの難点はノリがライブで見るとほとんどの曲が同じような感じになってしまうことです。アルバム全体を通してすべての曲の構成が上手くバラけており聞き手を飽きさせないというのも『ハイブリッド・セオリー』のいいところです。

これはプロデューサーが良かったのかもしれません。また初期のころの曲の制作にはチェスター・ベニントンが大きくかかわっていた、という証言もあるのですが彼のボーカルのアイデアなども上手くはまったのだと思います。チェスターは当時何が何でも成功するんだ!という強い意志を持っていたといわれ、メンバーを奮い立たせる役目を果たしていた、バンドのエンジンだったともいわれています。

ドン・ギルモア(ハイブリッド・セオリーのプロデューサーの当時の回顧)

チェスターがバンドに加入してからしばらく名乗っていたバンド名「ハイブリッド・セオリー」の名前を冠した『ハイブリッド・セオリー』の制作に関しては、「(チェスターは)1stアルバムの『ハイブリッド・セオリー』の収録曲すべてに深く関わっている。2ndの『メテオラ』ではチェスターが携わった楽曲は少し少なくなったけど、それでも、チェスターなしでは完成しなかったね」と語り、以下のように続けた。

「プロデューサーとして、どのアーティストと仕事をしている時でも『ここをリライトしたらもっと良くなるはず』とか、『ここはもっとうまく歌えるはず』とか、アドバイスするんだ。大抵のアーティストはなかなかそれに従わず、結局なあなあになってしまうことが多い。でも、リンキン・パークは必ず、信じられないぐらい良くなったものを持ってくるんだ。俺の指摘にイライラしたり、頭にきたりしてたこともあるんだろうけど、いつでも最高の結果を出してきてたね」

【追悼チェスター】初期2作のプロデューサー、チェスターとの思い出を回想-rockinon.com|https://rockinon.com/news/detail/164309
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チェスター・ベニントンのボーカルがすべての始まり

『ハイブリッド・セオリー』がリンキン・パークとして成立している要因はアルバムが発売されて時間がたってからも変わらないでしょう。とにかくスペシャルなのがチェスター・ベニントンのボーカリストとしての力量でしょう。当時の印象はちょっと線が細いところもあってナイーヴな感じを受けていたのですが、スクリームのパートになるとまさに唯一無二の存在感を示すのです。またそれまでの線の細いエモーショナルなファルセットを使ったAメロなどのパートもまた輝きだすのです。当時は本当にこのバンドの音楽性と歌詞の内容でアメリカでウケるのかな?と少し疑問にも思っていたのですが、結果的に物凄い大ヒットをしました。

曲はアルバム全編を通してコンピューターナイズドされている印象で、打ち込みメインで使って作曲がされていそうだなという印象だったのですが、まさにその通りでした。彼らはまずバンドでジャムセッションをして曲を作るというよりはマイク・シノダがプロツールズで打ち込みを作りそこに音を加えていくやり方を取っており、少なくとも『ハイブリッド・セオリー』のころはバンドの音というよりは打ち込みの音楽のような印象を受け、このアルバムがアメリカのロックシーンで受け入れられたというのも少なからず驚きでした。

しかし、時代背景を鑑みれば受け入れるだけの土壌は整っていたとも言えます。ロックシーン全体がそれまでのロックらしいロックから脱却した別の音楽を求め始めており、いわゆるオルタナティブロックなのですが、それがラップとヘヴィメタルの融合で一つのかたちとなり、リンキン・パークのようなプロディジィなどのようなテクノやエレクトロに影響を受けたバンドの登場を受け入れてくれたのかもしれません。
ちなみにプロディジィーはイギリスのロックバンドでヨーロッパのほうが売れているバンドでした。

この『ハイブリッド・セオリー』がリンキン・パークのアルバムとして今もってなお評価されるのはチェスター・ベニントンのボーカルがそうさせているのではと確信めいたものを持っています。彼のボーカルはロックアルバムとして最高にスペシャルだと思っています。

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